近年の輪界において、全国に広く展開する自転車量販店の存在は、以前にも増して強くなっている。各量販店には、当然ながら多くのスタッフが在籍しており、なかには個人店として独立する足掛かりを掴もうとしている者もいる。量販店における店長という存在は、多くのスタッフのとりまとめや、店のスタイルの決定など、店舗を一手に裁量する一方、組織に所属するいちサラリーマンという側面もある。今回は、大手スポーツバイク量販店の某店店長、大竹氏(仮名)に、サラリーマンとしての輪界への関わり方や、大手量販店から見た輪界の現状、そして今後の輪界に予想される変化について、話を聞いた。
「コロナバブル」と好調な輪界の関係
——まずは、最近のコロナウイルスに関わる社会状況と輪界についてうかがいます。輪界にとって、2020年は、俗に「コロナバブル」の年であったといわれています。
大竹 2020年時点で生き残っていた自転車店は、どこもそれなりに好調だったと思います。具体的な売り上げで言うと、前年比20%増くらいのところが多かったのではないでしょうか。
——小売業界が苦戦を強いられているなか、輪界はかなり例外的な業界でした。
大竹 もう10年近く前になりますが、「3.11」の時も自転車ブームに追い風が吹きました。災害時、自転車はパーソナルモビリティとして強いんですよね。自然災害が多い日本では、自転車が重要な交通手段にもなっていると感じました。今回のコロナ禍のような非常時でも、自転車の持つ強みが必要とされたのだと思います。
——今回のコロナバブルは、主に「通勤需要」と「3密を避けたアクティビティ」という二つの要因があったと思います。大竹さんのお店では、主にスポーツバイクを取り扱っているわけですが、通勤需要という点を考えると、スポーツバイクは通勤に少し使いづらい面もあるのではないでしょうか。
大竹 シティサイクル、いわゆるママチャリ業界では、通勤需要でかなり追い風が吹きました。それに比べてスポーツバイク業界では、おっしゃる通り、ロードバイクの売り上げの変動は小さかったと思います。ただ、クロスバイクの売り上げはかなり好調でしたし、高齢者や女性へのe-BIKE(=電動スポーツバイク)の売れ行きが伸び始めています。
——新型コロナは多くの業界でイノベーションを加速させています。輪界にも新たなイノベーションが生まれているのでしょうか。
大竹 そういう意味では、特にZWIFT(=オンラインのサイクリングサービス)の需要はすごかったですね。インドアトレーニングの枠を超えて、e-Sportsのひとつとして定着したといえるのではないでしょうか。
——となると、ローラー台の売り上げなども同様に伸びているのでしょうか。
大竹 ローラー台の中でも、特にスマートトレーナー(=自動負荷調節機能を持つローラー台)の勢いがすごいですね。お店によっては、誰でも試せるようにZWIFT用のスペースを設けていて、ゲームセンターのようになっているところもありますね。
「コロナバブル」でみえた大型店の優位性
——コロナ禍が自転車関連の製造業にも大きく打撃を与えたことで、「2021年に売るモノがない」という声も聞こえてきます。個人店の苦戦が予想される状況ですが、大手量販店における影響はどうでしょうか。
大竹 モノがないという状況では、大手量販店としての強みが発揮されると思います。お客さまが欲している自転車の種類は、実際に色々と見てもらったり、こちらから提案したりしていくことで変わることも多くあります。量販店では、お客さまが気に入った自転車が入手できないとなった場合に、代わりの商品を提案しやすく、それはお客さまにとっても利点だと思います。また、確保している在庫量・バックオーダー量が多いのも強みです。
——大手量販店には優先的にオーダー品が卸されたりするということでしょうか。
大竹 というよりは、店舗の資本面での問題です。たとえば、Aという車種をオーダー(またはバックオーダー)する場合、大手量販店では「各サイズ・各カラーを××台」と発注の単位が大きいため、あるカラーの納期が遅れたとしても影響は小さく済みます。個人店では「このサイズの、このカラーを1台」と、発注量がどうしても少なくなるため、入荷が遅れると死活問題になります。また、大手ではいつ入荷があっても特に問題なく支払いできるわけですが、個人店では支払いの時に売り上げがなくてはいけませんので、オーダーのタイミングもシビアに考える必要がある、という違いもあります。
——小売店間での、各メーカー代理店の在庫の確保は戦争状態だと聞きますが、この戦争は大手の方が有利に立ち回れている現状なわけですね。
大竹 ただ、それこそ代理店自体も苦戦を強いられているとは聞いています。ショップへ出荷するモノがなくて売り上げが立たないのに、バックオーダーの分だけメーカーへの支払いはあるし、人件費もかかっている。
——代理店の経営が苦しくなると、メーカーが淘汰される可能性もあると思われますか。
大竹 個人的にはもっと少なくなってもいいと思っています。
——メーカーの母数が減ると、面白い発想を持ったメーカーも同時になくなってしまう不安はないでしょうか。
大竹 面白い発想の製品を出す役割は、どんどんガレージブランドに移っていると感じます。そういったところは直販をしていることが多いですし、日本国内の販売代理店を持つメリットは少ないと思います。大手メーカーの淘汰は、そのようなガレージブランドにとっては、逆にチャンスになるのかもしれません。
「キャラクターも合わせて売っていく」というやり方
——お店づくりというものは、店主の裁量で全てを決める個人店と、組織に所属する大手量販店では異なってくると思いますが、いかがでしょうか。
大竹 店舗ごとの個性は出しづらいですね。個人店であればピンポイントにジャンルやアイテムを絞ったりできますが、量販店では会社の全体的な適性を見て判断する必要があるため、自分たちの店だけでというわけにはいきません。
——確かに、個人店では店主の趣味という要素も多分にお店作りに含まれると思います。その意味でも、会社組織を背負う量販店では個性が出しづらいと思うのですが、一方で、量販店ではありながらも、ニッチな需要にも応えている店舗もあるのではないでしょうか。
大竹 スモールパーツであるとか、ニッチなものだとか、「大手量販店に行けばなんでもある」というイメージを持つお客さまは多いと思います。ただ、自転車のライフサイクルはすごく短いんです。規格がどんどん変わっていくから、商品の賞味期限が短い。ですから、売れる頻度が低い商品は置いておけないんです。長期的な在庫は、利益が出ていない状態を示すものであって、会社としては改善する必要があります。そうしたことによる在庫の有無が、お客さまの期待との間にズレを生むこともあり、申し訳なさを感じてしまうことがあります。
——顧客ニーズに応えられないお店になってしまうと、きめ細やかな対応が強みの個人店に比べて求心力が低まり、結果的に売り上げが下がることにはならないでしょうか。
大竹 そこはスタッフのバリエーションが強みになると思っています。個人店では店主とお客さまの相性が合わなければ商売にはなりづらいですが、量販店にはスタッフが多いため、お店として、お客さまに相性を合わせやすいと思います。理論や知識、会話、ライドなどの相性、それぞれを求めるお客さまに対応できますし、バイクのジャンルとしてもロードからMTB、グラベルまで対応できますので、結果的にお客さまにはいろんな面を見て判断してもらえると思っています。
——スタッフのキャラクターが量販店の強みになるということですね。あるスタッフではにべもなかったお客さまも、他のスタッフが対応したら商談につながった、というのはよく聞く話です。
大竹 知識だけではなく、キャラクターも合わせて売っていくことが大事だと思っています。自転車屋の接客は一子相伝のようなところもあり、量販店でもマニュアルを作って標準化できているところはあまりありません。そのせいか、個性的な人間が多い業界だと思います。個性はリスクにもなり得る要素ではありますが、強みとして確立できれば、独立してやっていく足掛かりにもなると思います。
お客さまと話しながら自転車を組んでいくのは、やっぱり楽しい
——今は大手量販店で「店長」という立場にいるわけですが、輪界のキャリアを歩みはじめたのはいつ頃でしょうか。
大竹 21歳のころにアルバイトとして働きはじめたのがキャリアスタートでした。その頃は「独立してやるぞ」という野望を抱えていました。当時は、33〜35歳くらいで独立する人が多かったので、「自分もそれくらいの歳には独立するんだろうな」と思っていました。
——実際にその年齢になったとき、どのようにして「会社に残る」という決断をされたのでしょうか。
大竹 最近の輪界は、小さなショップはどんどん淘汰される一方、力を持っているショップはさらに強くなっている、いわば戦国時代です。そんななかで成功しているショップ経営者は、流行を掴む力と、優れた経営手腕を持っている方たちだけだと思います。そんな状況では、経営のプロフェッショナルが上にいる組織のほうが、安定して自転車と関わっていける。そういった考えで会社に残ることに決めました。
——今後、キャリアアップに伴って、現場を離れて活躍するような役職につかれることもあると思います。何か展望はありますでしょうか。
大竹 現場から離れて、マネジメントや店舗運営などに関わっていくことは、キャリアの勉強にはなるのでしょうが、やはり自転車屋らしい仕事ではなくなっていくように感じてしまいますね。自転車が好きで、「スポーツバイクを広めたい」と思って業界に入ってきたので、やはり、お客さまと話しながら自転車を組んでいくことが楽しいんです。ですから、管理職に徹して現場から離れるとなれば、寂しくなると思います。やりたい仕事が横に転がっている状況で、自分の欲望をかき消すのはきっと難しいでしょうね。
——現場に出ていたいという思いは、いろんな方が共通して持っていらっしゃるように思います。そういった熱意を抱きながら、今後の輪界でのご自身の立ち位置について、何かお考えはありますか。
大竹 これまで誰もやりたがらなかった仕事ですが、本社と店舗の間を取り持って、現場の声を上に届けるような立場というのは必要だと思っています。そういったポジションから、現場が今まで以上に働きやすくなるような手伝いができればと思っています。
(了)
Interview&Text●moving_point_P(ponkotsu)
Arrangement●Kohei Matsubara