伊那のマウンテンバイクシーンにおいてハブとなる存在を目指す
—INA MTB代表 名小路麻実子

レジャーとしてのマウンテンバイクを楽しむために、トレイル(=トレッキングなどのために整備された未舗装道)を利用する方も多いのではないだろうか。しかし現在、トレイルへのマウンテンバイクの立ち入りが規制されるという事態が、日本各地でたびたび起こっているという。その原因としては、地権者からの拒絶や、自転車以外でトレイルを利用する人々との軋轢などが挙げられるようである。このような問題の解消を目指し、マウンテンバイクライダーの有志たちが各地でコミュニティを形成し、マウンテンバイクを楽しめる環境づくりに取り組み始めている。2021年4月に長野県伊那市で産声を上げた、「伊那マウンテンバイククラブ(INA MTB)」もそのひとつである。今回は、その代表を務める名小路麻実子氏に、INA MTBの成り立ちと、伊那におけるトレイルの現状、さらに伊那のマウンテンバイクシーンの今後について話を聞いた。

「昔諦めた夢に挑戦できたのは息子のおかげ」

——マウンテンバイクに関わるようになったきっかけを教えてください。

名小路 息子がマウンテンバイクのダウンヒルを始めたいと言ったことです。その当時、私はまだマウンテンバイクを持っていなかったのですが、「やりたいことを一からやる方法」というものを、親の背中を通して息子に教える機会だと思い、一緒に乗るようになりました。

——マウンテンバイクは女性にはハードルが高いとは感じませんでしたか。

名小路 感じました。女性ライダーも少ないので、最初は「どこから始めたらいいんだろう?」という思いでした。

高校時代は地学部だったので、天体観測のためにキャンプをしたり、岩石採集のために山に登ったりと、アウトドアには親しみがありました。1990年代後半の当時では、男性の友人の中にダウンヒル競技をしている人もいましたが、女性がやるような雰囲気は全くなく、羨ましく見ているだけでしたね。

——息子さんがマウンテンバイクに興味を持ったのも、名小路さんの影響でしょうか。

名小路 息子にはMTB、ましてやダウンヒルの話をした覚えがないので、彼がマウンテンバイクのダウンヒルを選んだのは不思議です。

よく「息子さんのために自転車に乗られているんですね」と言われるのですが、息子はただのきっかけに過ぎません。むしろ、できなかったことを無念に思っていたマウンテンバイクに、今になってようやく挑戦できるきっかけをもらって、息子に感謝しているくらいです。

INA MTBは「山に入って遊ぶきっかけを作る」ための存在

——INA MTBのウェブサイトには「マウンテンバイクを通じて山と森のことを知る」活動を行うと書かれています。これはクラブの成り立ちにも関わる理念でしょうか。

名小路 伊那は大自然に囲まれた地域ですが、山に入って遊ぶような子どもをあまり見かけません。それは、大人たちが子どもに「外で遊ぶことは危ない」と教えているからだと考えています。おそらく、昔は地域の人々のつながりが強かったので、子どもが私有地の山で遊んでいても「○○さんのところの子どもだから」と許されていた面があったのではないかと思います。現代では移住者なども増え、近所の人が誰かわからなくなるなど、人同士の繋がりが薄れたことによって、そういったことは許容されづらくなってきているのかもしれません。しかし、そうして人のつながりが消えていくに従って、身近な自然に触れる機会も一緒に少なくなることは非常にもったいないことだと思います。そこで、子どもたちをはじめ、多くの地域の方々に、マウンテンバイクを通して地域の山や森のことをもっと知って欲しいと考えていました。

もちろん、山にも地権者の方々がいらっしゃるので、勝手に野山に入って遊ぶわけにはいきません。そこで、まずはマウンテンバイクライダーが公に認められるような形が必要だと考え、マウンテンバイクライダー同士がつながるコミュニティでありながら、自治体や地権者などとの折衝ができる存在として、「INA MTB」を作りました。

——INA MTBを主宰する以前に、自転車コミュニティに知り合いはいましたか。

名小路 最初は自転車の世界に知り合いがいませんでした。息子が始めたいと言った時も、誰に声をかけたら良いのかわからないという状況でした。のちに、白馬岩岳の関係者の方々や地域の自転車ショップの方々、トレイルビルダー(=MTBで走るためのトレイルを整備する人)の方々などと交流するようになり、そのうちに伊那でのマウンテンバイク仲間が増えていきました。

——INA MTBの活動内容について教えてください。

名小路 INA MTBの活動のテーマは「みんなで楽しく走りながら地元の山を知る」です。この考えをもとに、安全なMTBの乗り方、トレイルを走る際のルールやマナーなどを遊びながら教えています。小さな子どもや初心者の参加者も多くいますが、分け隔てなくみんなで励ましあいながらマウンテンバイクに乗ってトレイル遊びをしています。

——INA MTBの活動場所はどのようにして確保しているのでしょうか。

名小路 いまは伊那市に昨年オープンしたC.A.B TRAILというマウンテンバイクパークを拠点として、伊那で整備されつつある新たなトレイルやマウンテンバイクパークにも活動の幅を広げようとしています。

そうして活動場所を増やしていく中で、伊那のマウンテンバイクシーンをつなぐ、いわばハブのような存在になっていきたいと考えています。

人々に受け入れてもらえる自転車乗りの育成を通して、共存につなげていく

——各地のトレイルにおいて、ライダーと地域住民との間で、自転車の利用に関するトラブルが問題になっています。トレイルでの乗車に対して、結果的に自転車の侵入が禁止されてしまうようなケースや、さらには訴訟にまで発展するケースも聞きますが、どのようにお考えでしょうか。

名小路 マウンテンバイクライダーから「トラブルを避けるために、パーク(=マウンテンバイク専用のコース)でしか走らない」といった声を聞くたびに、山好きとしては胸が痛くなります。

地権者からすれば自分の庭で他人が自転車に乗って走り回っているようなものですし、ハイカーからすれば自転車は速度が出ていて危険だという認識があり、トラブルに繋がっているようです。ライダー人口が増えるとトラブルが表面化しやすくなるでしょうし、実際に長野県内でもライダーが多い地域ではトラブルが増えつつあるという話も聞いています。

——パークが増えてきているのも、各地域のトレイルでは自転車が走れなくなってきているという事情があるのかもしれません。

名小路 そうかもしれませんね。先に話したような地権者やハイカーとのトラブル以外に、「自転車は危ない」というイメージが世間についてしまっているのも、トレイルを走りづらくなっている原因の一つかもしれません。人々に受け入れてもらえるような自転車乗りを育成するために、子どもたちに「自転車は並んで走ってはいけないんだ」とか「ヘルメットを被らないのは格好悪いよね」といった自転車の利用ルールについて学んでもらうことも、INA MTBの重要な活動だと思います。

INA MTBが伊那の自転車文化において果たす役割と、目指す場所

——「自転車活用推進法」(※1)などの影響によって、各地の自治体が自転車での町おこしを始めていますが、伊那市でもそのような動きはありますか。

名小路 伊那市では伊那市自転車活用推進協議会が設置され、具体的な協議が始まったところです。私も準備委員として関わっていますが、現在は高齢者の移動手段としての自転車のニーズの調査などが行われています。

——INA MTBと自治体の関わりの中で、代表としての役割を教えてください。

名小路 さまざまな自転車店やパークなどの事業者と、自治体との架け橋でしょうか。自治体の方々が自転車の利用法を幅広く熟知されているとは限りませんし、適切・快適な自転車の利用のための環境や必要な設備についての認識には、自転車の利用者と自治体の間でギャップがあるように思います。ですので、私が両者の架け橋になることで、自転車での町おこしに多様性をもたらすためのお手伝いができればと思っています。

——名小路さんがINA MTBを通じて叶えたい目標はありますか。

名小路 これまでの人生で、アウトドア活動に関わりながら山について考え続け、移住先の伊那という地で、私と山との関わり方を実際にかたちにできたもののひとつが「INA MTB」という存在です。INA MTBが、山と関わる自転車文化の一部としてどのような形で続いていくのかを見守れればいいなと思っています。

——INA MTBの今後について聞かせてください。

名小路 伊那の自転車文化の一部として長く続いていくようなものにしたいと思っていますが、具体的な形についてはまだ模索しているところです。いずれにしても、いつも地元で走っている子どもたちが、マウンテンバイクをきっかけとして広い世界に目を向け、さらには羽ばたいていくことを期待して、今後も活動を継続していきます。

※1   国や地方自治体を中心に自転車の活用を推進していくことを定めた法。2017年から施行され、現在その施策の一環として、自転車活用のための設備の設置やサイクリングロードの整備などについて、47都道府県を含む二百の地方公共団体において事業計画の策定が進められている。

(了)

Interview&Text●moving_point_P(ponkotsu)

Proofreading●Kohei Matsubara

Photo●KuroMino, moving_point_P(ponkotsu)

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