自転車選びを手伝うことは
「人生の一部をコンサルティングすること」
—元・TEAM OLTRE 武井一弘選手 後編

前回のインタビューでは、武井氏がトップレースの世界へ飛び込み、そして羽ばたいていくまでの話を聞いた。今回は、武井氏が現在もレース活動を続けるかたわら、自転車店販売員としても輪界に関わることをふまえ、彼のレーサーとしての経験が、店頭での接客にどのように生かされているのか、さらには、人生をかけて輪界で叶えたい野望についても聞いた。

※本インタビューの内容は、武井一弘氏の個人の意見および見解であり、本記事に登場する団体・企業との見解とは一切関係がなく、いかなる意見も代弁するものではありません。

「頑張ることのつらさは誰でも同じ」

——現在は、自転車店の販売員でもあるわけですが、レーサーとしてのファンサービスと、自転車販売における接客に、共通すると感じる部分はありますか。

武井 私は、ファンの方やお客さまに対する尊敬の念を忘れないように心がけていますし、言葉にも出すようにしています。

ファンの方でもお客さまでも、そもそも自転車に関心があった上で、私に興味を持って話しかけてくれます。それぞれの方から、自転車の話を伺うと、その方の脚力や、達成しようとしている目標がさまざまなことが分かります。

それがたとえどのようなレベルであっても、頑張ることのつらさは誰でも同じです。ですから、何かを乗り越えようとしたり達成しようとしたりする努力は、等しく称えられるべきだと思います。

ファンの方やお客さまから、何かを頑張っている、という話を伺ったときには、そういったことを言葉にしてお伝えしています。私がそうすることで、相手の方がもっと自転車を楽しいと感じ、さらには、それが先へ進む原動力になれば嬉しいと思っています。

——「頑張ることのつらさは誰でも同じ」とは、具体的にはどういう意味でしょうか。

武井 自転車に乗る方ならお分かりになると思いますが、最大心拍数に近い強度で走っている時のつらさは、脚力によらず変わらないんです。

当然、その時に出せる速度は、強い人とそうでない人で変わってきますが、頑張っている度合いは同じです。そう思えるようになったのも、弱い自分からスタートして、それなりに走れるようになってきた経験があるからだと思います。

——レーサーとして、高い次元まで自転車を突き詰めた経験が、接客に生かされる場面などはありましたか。

武井 お客さまのその時点での脚力などをもとに、私自身の経験に照らし合わせて、今後どういった方向に自転車の乗り方が発展しそうかという予想から、そのお客さまに本当に必要とされると思う性能の自転車を提案しています。ロードバイクで走ることに関しては、一通りやってきたという実感があるおかげで自信を持って提案ができています。

——全てのお客さまがレース志向というわけではないと思います。ツーリング志向だったり、1日の走行距離が武井さんの数分の一だったりする方もいると思いますが、そういったお客さまと接する際も、ご自身の経験は生かされていますか。

武井 自分がビギナーだった頃や、ツーリングを頻繁にしていた頃の経験から、その頃にぶつかっていた壁のことや、どのような性能の機材があればもっと長距離を走れたかということを考慮することで、そういった方々にも、最適な自転車選びのお手伝いができていると思います。

——自転車歴が長くなってくると、自分がビギナーだった頃を忘れてしまいがちです。その時々の記憶と経験を、お客さまのニーズにしっかりと照らし合わせられるのは素晴らしいと思います。

武井 ビギナーのお客さまの目には、ビギナー目線を忘れてしまった自転車店員は怖い存在として映ると思います。実際に、そのような経験から、「自転車店は怖い」、「自転車店員は無愛想」というようなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

ビギナーの方への提案は、その方の今後の自転車人生を大きく左右しうると思いますし、お客さまに信頼していただけるように一層心がけています。

——最初の一台として、どこのショップで、何を選んで買うかによって、その後の自転車への関わり方は大きく変わるでしょうね。

武井 ジェイ・エイブラハムというアメリカの経営者の提唱する理念に、「卓越論」というものがあります。これは、「自分には相手の人生を変えられる力があると信じこむこと」を指すのですが、自転車店の接客に落とし込むと、「お客さまの人生が、自転車を通して良い方向に変わるというビジョンを示す」となると解釈しています。

自転車を通した経験がどのようにお客さまの人生を豊かにするのか。お子さんと一緒に自転車に乗ることで親子の絆を深めたり、レーサーとしてのキャリアを歩むきっかけになったり、長距離のツーリングを通して自己実現を達成したり、可能性はいくつも考えられます。自転車選びを手伝うことはお客さまの人生に干渉すること、言い換えると、お客さまの人生の一部をコンサルティングすることだと思っています。

——自転車が武井さん自身の人生に及ぼした影響についてはいかがでしょうか。

武井 もし自転車に出会わず、チーム・オルトレに参加することもなかったとしたら、普通の大学生活を送って、夢も野望もなく就職し、今ごろはなんとなく社会人をしていたかもしれませんね。私の人生は自転車で大きく変わりましたが、これで良かったと思っています。

人生をかけて目指すのは「自転車文化の向上」

——来春には大学院を卒業されるご予定ですが、卒業後の進路は決まっていますか。

武井 卒業後は自転車メーカーのマーケティング部門で働こうと思っています。よりブランドの価値を高めていくような仕事がしたいですね。

——仕事を通して、抱いている野望はありますか。

武井 日本に自転車文化をもっと根付かせたいという野望を持っています。たとえば、ヨーロッパでは自転車はライフスタイルの一部として根付いていますが、日本では使い捨ての道具としての側面が強いように思います。自転車文化の要素である、メンテナンスや交通ルールなどには、ごく一部の方しか気を配っていないようにも感じます。そういった要素が広く根付くようになるためには、何より自転車に愛着を持ってもらうことが必要だと感じています。

自転車メーカーでの仕事を通して、多くの方々に愛してもらえるブランドを作ることで、ブランドへの愛着をきっかけに自転車本体にも愛着を感じてもらい、日本の自転車文化の向上につなげることができればと思います。

(了)

Interview&Text●moving_point_P(ponkotsu)

Proofreading●Kohei Matsubara

Photo●moving_point_P(ponkotsu), Kazuhiro Takei

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