2020年、長野県伊那市で産声をあげたマウンテンバイクパーク、「中央アルプスマウンテンバイクトレイル:C.A.B. TRAIL(以下、C.A.B. TRAIL)」をご存知だろうか。このC.A.B. TRAILは、伊那エリア初のマウンテンバイク専用の常設コースを備えたトレイルで、伊那エリアのマウンテンバイクシーンにおいて存在感を増している。トレイルビルダーとしてC.A.B. TRAILのトレイル作りを担うとともに、敷地内にある自転車ショップ「二輪舎KNOT」の店長も務めるのが、宮坂啓介氏である。伊那の地でのトレイルビルディングについて、さらに輪界との関わりの中での楽しさややりがいについて、宮坂氏に話を聞いた。
伊那との「縁」が導いた、トレイルビルダーへの道
——自転車と関わるようになったきっかけについて教えてください。
宮坂 中学生の頃トライアルバイクに乗りはじめたのが最初です。その頃からメカニック作業に興味があり、車体を直したりホイールを組んだりもしていました。
その後、高知で大学時代を過ごしたのですが、高知には四国のトライアルライダーが多く集まっていて、そういった方たちと一緒にトライアルに熱中しました。大学卒業後は自転車を仕事にしたいと思っていたので、大阪にあった大手スポーツバイク専門店に就職しました。
——どのようにしてマウンテンバイクパーク作りに興味を持ったのでしょうか。
宮坂 新婚旅行でカナダを訪れたときに、マウンテンバイクトレイルのガイドをしてもらったことが最初のきっかけです。私が当時勤務していた自転車店では、自転車を組むことが主な業務でお客様との接点は少なかったので、共に楽しめる場所をお客様に提供するスタイルの仕事も良いなと、そのガイドの方々を見て漠然と思ったのを覚えています。
2021年はコロナの影響もあったが、4/24にオープンした
——伊那で活動するようになった経緯を教えてください。
宮坂 「地域おこし協力隊」という、都市部から地方の各地域に定住して地域づくりの支援などを行うといった総務省主導の活動があるのですが、伊那市もその受け入れ先の一つなんです。
私がちょうど新婚旅行から帰ってきた時期に、「協力隊」による「みはらしマウンテンバイクフィールドプロジェクト」という、山をマウンテンバイクフィールドとして活用しようというプロジェクトの人員募集があったんです。さっそくそのプロジェクトに応募し、2017年から2019年まで従事していました。
伊那という地を選んだのは、私が長野県出身ということもありますが、妻の家族が伊那在住で「協力隊」の求人を見つけてくれたことや、私の祖母が住んでいた空き家が伊那にあり、そこに居住できたことなど、色々と縁があってのことですね。
MTBパーク作りに関わることになったのは、伊那との不思議な縁に導かれた、と語る宮坂さん
マウンテンバイクパーク作りは、地主への説明から始まった
——地域から「マウンテンバイクパークを作って欲しい」と依頼されたのは、どのような経緯からですか。
宮坂 現在C.A.B. TRAILがある「はびろ農業公園みはらしファーム」は、果物狩りなどの農業体験ができるいわゆる農業公園型の施設で、家族連れが主な利用者でした。
客層を広げたいという運営自治体の思いから、隣接する西箕輪山林域でのマウンテンバイクパークの創設とそれに伴う地域おこしの計画が立った、という経緯でした。
「はびろ農業公園みはらしファーム」からは伊那の山々を見渡すことができる
——2017年、宮坂さんのプロジェクト参加当時の現地の状況はどうでしたか。
宮坂 実際に協力隊として伊那に来てみたら、市役所の方も、山の地権者の方も、「マウンテンバイクって何?」という状態でした。ましてや、走るための道を作らなければいけないことなんて、まったく知られていませんでした。
まずは周辺の地権者の方にマウンテンバイクパークを作ることのメリットを説明するところから始め、初年度は子供向けのキッズバイクコースを創設しました。同時にトレイル作りを着工し、2年がかりでトレイルを作り上げ、2019年にオープンすることができました。
プロジェクト開始当初には、ここまで漕ぎ付けるとは誰も考えていなかったと思います。その後、協力隊の活動終了に合わせて私がトレイルの管理を引き継ぎ、現在のC.A.B. TRAILとして運営しています。
最初期に造成されたキッズコースは現在もパンプトラックとして利用されている
——「協力隊」に参加した当時、トレイルビルダーとしての経験がないなかで、どのようにC.A.B. TRAILを作り上げていったのでしょうか。
宮坂 トレイル作りに関しては、伊那の「TRAIL CUTTER(=トレイルカッター)」の協力が大きかったです。トレイルカッターは、伊那に拠点を置きながら全国各地のフィールドでトレイル作りをしてきたトレイルビルダーのグループで、近年では伊那に作ったトレイルを使ってガイドツアーを行なうなど、トレイル作りとその楽しみ方について多くのノウハウを蓄積しています。
C.A.B. TRAILのトレイル作りでも、どうすれば水ハケを向上できるか、登りのアプローチルートを楽しめるかなどについて、彼らのノウハウが生きました。結果として、初心者から上級者まで楽しめるトレイルを作ることができました。
トレイルはレンタルMTBで楽しむこともできる
——トレイル作りにおいて、特に拘った点はありますか。
宮坂 C.A.B. TRAILでは、トレイルへのアプローチ(=登りの林道)も楽しめるようになっています。アプローチの難易度を軽くすると、仕事帰りでも立ち寄りやすかったり、初心者でも楽しく乗れたりといったメリットがあります。結果的に、マウンテンバイクを楽しむ裾野を広げられるのではないかと思っています。
C.A.B. TRAILの受付は二輪舎KNOTの中にある
——トレイルを作るにあたって、周囲の地権者の方々に対して、そのメリットをどのように説明したのでしょうか。
宮坂 現在、多くの山で、その維持管理が行き届かないという問題が起きています。原因として、維持管理をする後継者の不足や、維持費の不足、世代交代に伴って所有者が不明になることなどが挙げられます。
地権者の方々には、トレイルを作ることのメリットとして、木の間伐やヤブ払いなど、放置されていた山にある程度の維持管理の手が入るようになるというお話をしました。今後は、伐採した木材を薪や家具の材料として地域に配布することなども検討しており、地域に貢献できるような仕組みを作れたらと考えています。
C.A.B. TRAIL内のレンタルバイクのメンテナンスも二輪舎KNOTで行われている
——逆に、地権者の方々が大きく懸念していたのはどのような点でしたか。
宮坂 C.A.B. TRAIL内を流れる沢の水は、農業用水や生活用水としても使われる水です。そのため、水の汚れや濁りなどの汚染の可能性を懸念した地権者の方々からは、山の開拓について慎重に進めて欲しいという声がありました。
トレイルを造成した際はもちろんですが、運用が始まってからの管理維持においても、土砂が沢に流入しないように細心の注意を払うようにしています。
——トレイル作りの難しさは、コース設計だけではないんですね。
宮坂 こういった点は運営側の話ですから、いらっしゃるお客様には単純に楽しんでもらえたらと思います。
トレイルの管理人兼自転車店店主という立場から見る夢
——現在、宮坂さんは二輪舎KNOTの店長でもあります。量販店勤務の頃と比べて違いはありますか。
宮坂 取り扱う物量が変わったというのが一番大きな違いです。毎月何十台も組んでいくのは、量販店でのやりがいの一つではありましたが、自分のやりたいジャンルの仕事をする機会が少ないという悩みもありました。その点で、今は自分で好き勝手にできるので面白いですね。
SANTACRUZ/Julianaなどの本格的なフレームが吊るされているのは、宮坂さんのチョイス
——商品のラインナップにも宮坂さんの特色が出ています。
宮坂 量販店では、物量にごまかされて、何となく仕入れて何となく売ってしまう感じがありました。個人店では、「絶対に売れる」と思うものを厳選して仕入れるというところに責任を感じています。
そうやって仕入れた商品を買ってもらえると、「お客様に共感してもらえた」という嬉しさがあります。
小さな子どもでもキッズコースで楽しめるよう、キッズバイクも取り扱っている
——C.A.B. TRAILや二輪舎 KNOTでの仕事を通じて、宮坂さんの目標などはありますか。
宮坂 自転車を仕事としてやってみたいと思う子どもが出てきてくれたら嬉しいですね。
また、子どもに限らず、マウンテンバイクのコーチやトレイルビルダー、メカニックなど、マウンテンバイクに関わる仕事がしたいと思う人が増えたら嬉しいです。
——最後に、宮坂さんから、自転車を楽しむ方々に一言お願いします。
宮坂 自転車乗りの方には、ぜひいろんな自転車に乗ってみて欲しいと思います。現在、マウンテンバイク人口がどんどん増えていますが、それはロードバイクに乗っている人が、マウンテンバイクの楽しさに気づき始めたからだと感じています。C.A.B. TRAILはそういったマウンテンバイク初心者の方々のための場所でもありたいです。
(了)
Interview&Text●moving_point_P(ponkotsu)
Proofreading●Kohei Matsubara
Photo●KuroMino, moving_point_P(ponkotsu)